人づきあいってムズカシイ?! 人権を考える体験型講座、終了しました

今日は和歌山県人権啓発センターで「人権を考える公開講座」をさせていただきました

題して「人づきあいってムズカシイ?! 〜「わたし」と「あなた」の違いにふれる、体験型講座〜 」

2時間という限られた時間の中、34名の参加者のみなさんと共に活動しました

 

今の仕事のやるようになった経緯、表現教育の基本的な考え方を少しお話しさせていただいたあと
お互いのことを少しだけ知り合うワークを絵本の読み聞かせやソシオメトリーなどを使って行いました
休憩後は「きつね」というお話をみんなでアプライドドラマとして体験していきました
このお話は、とり、いぬ、そしてそこにわりこむようにしてやってきたきつねの引き起こす物語です
自分ならどうするか、実際にその場面をやってもらったりしながら体験していきます
自分の体験を重ね合わせて涙する方がいたり、深く考え込んでしまう方がいたり
時間がなくて、なかなか全員に発表していただく機会がとれなかったのですが
みなさんそれぞれにたくさん心が動いたのだろうな、と思う場面がたくさんありました
ご参加くださった皆さん、ありがとうございました!
またどこかでお会いできたら、と願っています!

JUGEMテーマ:コミュニケーション


ひょうげんってなんだ?〜言葉と声と朗読と〜(大人向け)@別府

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

 

わたしたちの「声」はどこから、どうやって出てくるのか。
そもそも「声」ってなんだろう。
「ことば」ってなんだろう。
声で、ことばを表現するとは?
わたしたちの身体を使って、改めてそんなことを確認していく時間になります。
もちろん、「朗読」もしてみます。


経験・未経験は全く問いません

自分の声に興味を持ってる方・嫌いな方大歓迎です!
2019年10月12日 13時半〜16時半 @別府市内(お申し込みされた方に詳しくお知らせいたします)
参加費:2500円

お問い合わせ・お申し込み haraiso887[@]gmail.com  *@の前後のかっこをはずしてお送りください

             ・お申し込みの際は、お名前、ご連絡先、参加動機をお願いいたします

              


ひょうげんってなんだ?〜まずはあそんでみるのだ!〜 @別府

 

JUGEMテーマ:アート・デザイン

今年もペップアートマンスに参加します!
今年ではや3年目!
今年も
その場に集まった子どもと大人で
あそびを考えます!
何が出るかはそのときしだい!
ものがたりのせかいに入ったり
変身したいものを描いてみたり
思いつくままに時間いっぱいにあそびます!!
子どもの心を持った大人もよければどうぞ!
2019年10月12日10時半〜12時まで
    10月13日10時半〜12時まで
親子対象 
各1組(2人)¥1500 (3名)¥2000
@別府市内(申し込まれた方に改めてお知らせいたします)
お問い合わせ・お申し込み haraiso887[@]gmail.com  *@の前後のかっこをはずしてお送りください
             ・お申し込みの際は、お名前、ご連絡先、お申し込みされる方のフルネーム、お子さんの年齢を
              お願いいたします

フレル朗読劇(6月〜8月)

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

 

 

月に一度行う朗読劇の時間です
経験・未経験問わず、どなたでも参加できます


自分の声にふれていく
ひとにふれていく
時間です

8月の終わりの発表会に向けて
日本の木霊やおとだまに関する昔話や伝説を朗読します


6月22日(土) 13時〜17時
7月7日(日) 13時〜17時
8月17日(土) 13時〜17時

各4千円


*発表会 
縄文 触れる 震える project 「熊野、朗読、語り部」


日時:8月31日(土) 14:00〜16:00 定員:50名程度(当日先着順・入退場自由)

 

どなたでもおいでいただけます


主催 樂描の会 ナーガ縄文樂会 フレル朗読劇団(コミュニケーションアーツ)


サ行浜坐 水無月 

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JUGEMテーマ:コミュニケーション

時間が来て座る

その時少し時が止まったようになる
その中でおもいおもいの時間を過ごす
何かを話してもいいし話さなくてもいい
聴いていてもいいし聴かなくてもいい

そんな時間が保証されていたとしたら
みなさんはどうされますか?
 

6月20日 18時〜21時 参加費2千円
ほぼ毎月やってます

@サ行研究所

「声を観る」無事に終了しました!

 

4月28日中目黒にて「声を観る」ワークショップ無事に終了しました

世の中がなんでも誰でもにわかりやすく、見える化する方向に行ってる中
「声を観る」という非常に曖昧な見えない世界のことを1日やってみる
そんなことに興味を持った方たちがゴールデンウィークの前半の週末に中目黒に集まりました

朗読という行為に上手下手を基準にしないで声の味わいを感じる時間
それは紛れもなくその人自身を味わう時間でもありました

最初の芥川龍之介「蜘蛛の糸」の朗読で思ったことをそれぞれ言いあう時間

同じ声を聴いているのに、そこから感じることは本当に様々でした
わたしも朗読してみなさんにあれこれ言ってもらいました
読む前に全員の耳がこちらに向いてるのがわかって
なんかもう、緊張したー!
もう何百回も朗読教室でやってきた「蜘蛛の糸」の冒頭部分
なのに久しぶりに自分の声から立ち上がってくる蜘蛛の糸の世界に自分でびっくりして
あわててそのイメージを振り払ったら
あとで「なんか所々投げやりだった」という感想をもらい、おもしろかった

宮沢賢治の「春と修羅」は二人が即興で朗読する
相手に影響を受けながら最後まで読みきる

わかりやすく影響受ける人、影響を受けないようにと影響を受けている人、直接関わりに行く人、ある一定の教理を取る人などなど
ああ、これは自分の人とのコミュニケーションの取り方の一つが出てしまうのだな〜

いいも悪いもない
そんな自分の質を知るところからスタートするしかないのだ
!
関わり方に一般的な正解は、ない。

最後はアイルランドの昔話を朗読劇に
同じ作品を3グループがそれぞれ15分くらいで作品にする

昔話なので淡々と表現されるものから何を主題に立ち上げていくか、それをどうみせるか、
「他者になって読む」という行為が自分に何をもたらすか
そんなことを体験してもらう

参加者の一人であるウェンディが後日こんな感想をくれました


「4/13に64才になり、定年まで後1年のカウントダウン⤵

その後どうしようかな〜となかなくポジティブに考えられなくて⤵⤵だったのです。

自分の声に向かい合って、自分を受け入れられた気がします。

感情の幅は、大きい方がいいのかな?と勝手に思っていたのです。

でも、しっかり芯があって、抑揚の幅は小さいけれど、気持ちは相手にしっかり伝わっていると評され、

がんばる必要はないんだと、気持ちが楽になりました。

日々学び、日々成長ですね」

ありがたい感想です

このワークショップで私が意図したものは、自分の質を知る
その一点のみです
そこから何の答えを見出すかは一人一人違う
自分の声、嫌いという人は多い
嫌いというからには、好きな声があり、そうでありたいという願いがあるようです

声を出す、人の声を受け取る、人に影響を受けながら表現する
その繰り返しの中で浮き彫りになる他者との違い
それをとことんまで思い知るということ、受け入れるということ
関西風にいうと、焼くまでなおらん、というものを自覚するところから

な〜んてことを
あまりにディープにやりすぎて
終わった後に、私がショートしてしまった


ご飯も食べれず横になってとにかく眠る
平成最後のデトックスだった


あとから

お花を飾って植物のエネルギーにも助けてもらいました

おもしろかった
!


どうやら自分の関心は、一定の時間、

空間をともにした人が意識的にも無意識的にも互いの気をめぐらせあえた時に
起こること
それはある程度時間がかかる
そんな効率の悪いことをこれからも大切にしたい

花はその後も時間ごとにぐんぐんと開いてくれて
穏やかな気の交流ができました

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

 

 


Koe ・声・こえ を みる 観る・Miru

Koe・こえを みる・観るMiru

 

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身体を動かすこと
声を出すこと
テキストを読むこと

 


を繰り返しながら
あなたの声をみていきます

声に焦点を当てて探る1日のワークショップです


428日(日)@中目黒駅周辺
7000
定員10名

お申し込み
haraiso887@gmail.com
にてお名前、ご連絡先(お電話番号)、参加動機をお書きの上お申し込みくださいませ

 


イギリス旅行

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イギリスに2週間ほど行ってきました

初めての国なのでゆっくりゆっくり噛みしめるように歩きました
世紀をわたる遺跡や建物
そこで暮らす人々に少し触れながら旅をしました

 

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ロンドン、バース、ソウルズベリー、ボーンマス、そしてロンドンへ

それぞれの場所で思わず立ち止まってしまうような場所に巡りあえたりして
本当に楽しい日々でした
ストーンヘンジにも行きました
何十年もの間、ずっと行きたかった場所でした
風が強くて雨も時々降ってきましたがついた途端に虹が出ました
ソウルズベリー大聖堂でもゆっくりしました
ジェラシックコーストという地層がむき出しで
化石もたくさん出てくる場所にも行きました
最後はロンドンの大英博物館へ
そこでエジプトのコーナーで釘付けになり
何時間も見て回りました

 

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建物であれ、彫刻であれ

人の想いの入ったものには魂が宿りますね
言葉や文化が違っても
エネルギーを感じることができるんだなと
実感できる日々でもありました
帰ってきてから即、お味噌汁を作ってゴクゴク飲みました!
豆腐も食べました
イギリスのご飯は案外美味しくて
いろんなものを楽しくいただきましたが
日本食がやっぱり落ち着きます!
よいリフレッシュができました!

「野性と朗読」発表会

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

 

 

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野性と朗読  
   〜とり戻す声と表現、体験から上演まで〜

15時スタート(14時半開場・上演予定時間1時間)
入場無料


「声で自分の野性を取り戻す 
あなたの中に眠っているものをあなたの声で取り戻す
作品の音読を繰り返すことで自分の枠を突きぬけていく
ゴールを決めずに、やがて自分の確信へと近づいてゆく」

 

このことをキーワードに昨年9月から月に一度開かれていた
ワークショップ最後のひと時を公開します

 

シンプルであること
時代を超えること
を枠にして3つの作品を上演します

 

 

・曽根崎心中 道行きの段 (群読)

 

・なら梨とり 岩手の再話と文学作品 (読み語り)

 

・田辺聖子の今昔物語   (朗読劇)

 

 

限られた場所なので観客は先着5名様まで
事前にお申込みください
終わってから17時まで演者と交流会を行います。
よかったらそちらもどうぞ。
感想を伺えると嬉しいです


【お申し込み】 
メールにてお名前、ご連絡先、お書き添えの上 haraiso887【@】gmail.com 岩橋まで(@の【】をはずしてください)

 

【場所】
 株式会社プレイバック・シアター研究所 中目黒サロン&オフィス
 [目黒区青葉台1-6-53 青葉台マンションA-2F]

 


18’応用ドラマ教育論履修者の最終レポートより

2018年度に応用ドラマ教育論を選択した学生が15回の授業を受けたのち最終レポートを出してくれました

 

応用ドラマの可能性について

「教育」という言葉を自分なりに再定義して論じてください

 

という課題に対して出されたレポートは本当にそれぞれで

教育についての定義も
応用ドラマの可能性も
どれ一つ取っても同じものはありませんでした
その中の数人のほんの一部を許可をもらって抜粋させてもらいました
ありがとう!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「今回「ドラマ教育」を学んで、今まで所謂「主体的・対話的で深い学び」と呼ばれ、

教わってきたものは、文字通り「対話」で終止していることに気づかされた。

「対話」以上の活動を行うことによって、授業者(教師)は生徒により実感をもって

授業内容を理解させることができると考える。

今後は、実際の授業としての形にならずとも「ドラマ教育」を取り入れた授業形態を考えていけたら、

学校授業の可能性が広がるのではないかと思う」Hさん

 

 

「私の考える応用ドラマ教育の一番の可能性は、

それまでほとんどといっていいほど無視されてきた、感情や感覚を重要視する点である。

これまで、内面、心情に関して学校教育では「特別の教科道徳」で取り扱われてきた 。

道徳では読み物が提示され、著者や登場人物の心情について問われるというスタンスが一般的である。

しかし、「どう思うか」あるいは「あなたならどうするか」という問いかけはあっても、

それは頭の中で想像することをお互いに共有しあうに過ぎなかった。

また、身近な事例が取り上げられる訳でもなく、見ず知らずの登場人物や作者の心情を

ただ読むという作業だけを通して考えさせられるのである。

文章から心情を読み取ろうとするのであれば国語の時間に行えば十分な作業である。

その点ドラマを取り入れて授業を行えば、見ず知らずの登場人物になりきることができるし、

身近な事例を再現することによって、より鮮明な感覚を得ることができるのである。

心情や感性、価値観などでの学びが求められる場面こそ、

それを敏感に感じることができるドラマの導入が非常に有効であると考えられる。

また、言語活動の重要性が叫ばれる昨今 、英語の授業における会話の練習などでも、

ドラマ形式の授業は有効である。なぜなら、言語は実際に使用する場面を想定して、

ノンバーバールな要素を含めた上で練習をしたほうがより良い定着が見込まれるからである。

このように、応用ドラマ教育は視覚聴覚などあらゆる感覚器官をフル活用し、

さらに身振りや表情、話のトーンなどあらゆる情報を媒介にして生徒の学びを深めようとしている点で

非常に重要な試みである。」Yさん

 

 

「他の授業と大きく異なることは、授業を終えてから気付くことや学ぶことがとても多かったということである。

レポートの課題をやっている時は特に授業を振り返る機会だったが、

授業の後に残るモヤモヤ感というものがとても印象的であった。

これは、授業の主体が教師ではなく、生徒の側であるということが理由なのではないかと考える。

主体的だからこそ、よく考えるし、モヤモヤも残るのだと思う。

従属的な場合にも、モヤモヤというものが残るかもしれない。

このモヤモヤというものは、自分で考えていないため、「ただわからないだけ」という状態のように感じる。

しかし、主体的な場合のモヤモヤには、従属的な場合とは一段階レベルの違う「わからない」があるのだと思う。

「ただわからないだけ」なのではなく、主体的であるためにわかろうという前向きな姿勢が感じられるのだ。

このモヤモヤ感をすごく大事にできた授業が応用ドラマであった。とても新鮮だった。

この新鮮さというものも、応用ドラマの可能性なのではないのだろうか。」Tさん

 

 

「しかし、道徳科や各教科における思考力や表現力を問う時、

教員に求められるのは児童生徒の表現を引き出すためのファシリテートを行う能力である。

応用ドラマの可能性とも重なるが、本授業で重要になったアウトプットする、

表現することと、それを受けてファシリテーターがどう反応するか、応答するかという部分は、

教員のファシリテートする部分と重なる。

なぜなら私たちは多くの場面で、他者と影響し合いながらアウトプットしているためである。

これは、学校教育現場にとどまらず、“場を司る”必要に迫られる場面は多々あるのではないかと考えられる。

教壇に立つのはもちろんのことプレゼンテーションや商談、プライベートな場面においても、

子育てや家族との大切な会議の時といった場面では、自分に対して注目してもらうこと、

わかりやすく見通しを伝えること、なにが狙いなのかを明確にすること、

あるいは言葉にしなくとも「隠れたカリキュラム」のように、意図を

アクションや声の大きさなどで意思表示することが

“場を司る”ことは必要になる場面では重要になってくるのではないだろうか。

声の掛け方やアクションの大きさ、声の大きさやまた、自分がどういった背格好で、

表情で、あるいは相手とどのような位置関係にいるかということに意識的になることで、

状況をより客観的に見ることにつながるとも考えられる。

応用ドラマの可能性は、相手とより心地よく過ごすためのヒントが多く隠されていたように感じる。

もちろんテクニックの部分や、経験として得た実感や多くの反省点は、

教員を目指すにあたって貴重な経験となった。

しかし、それ以上に、今、自分と、他者との関係性を円滑に保っていくため、

ひいては誰もが生きやすい社会を作っていくための、小さな鍵のように感じられたのである。」Aさん

 

 

「教育には、学ぶというワードが重要になってくると考える。

教えられるというのは、知識を与えてもらうという感覚であるが、

学ぶというのは、自ら体験して実践できるようになるというようなことではないかという違いがあると考える。

そのことを踏まえて、教育とは、一方的に教えられることで知識を蓄えていくことではなく、

体験し、感じることで何かに活かすことができるようになることを指していると考える。

私自身も応用ドラマ論を受講して初めて、このように様々なことを感じられることから、

学んでいると実感できたため、このような授業が今までにも必要だったと感じた。

大学ではなく、もう少し早くからやっておきたい授業だと思った。」Mさん

 

 

「ドラマ教育を受けて私は他人の価値観の多様性を知るとともに自らの価値観を再発見できた。

これは価値観を押し付けられる従来の教育ではなく、

自らの価値観を発信することを求めるドラマ教育であるがゆえに獲得できた産物である。

また、ドラマ論に触れることで私の教育観は「教える、教えられる」立場から、

生徒が主体的に学ぶことを優先に教師はその学びを手助けする「学び、支える」立場へと変化していった。

このようにドラマ教育は、新たな自分を発見することにもつながる。

そこで私はドラマ教育の可能性として、キャリア教育としてのドラマ教育を推奨する。

キャリア教育とは、一般的に「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、

それぞれにふさわしいキャリア形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育」と考えられており、

「生きる力」の育成を基本方針として行っている。

この「生きる力」の育成にドラマ教育を用いることが出来るのではないか。

「生きる力」とは人によって様々な考えがあると思うが、

私が考える「生きる力」とは、自分の人生を自分で決めていく力である。

その力を獲得するためには、自分がどのような人間なのかを知る必要があり、

自分自身に向き合わなければならない。

そして自らを知ったうえで自らの最善であると考える道を選択することが「生きる力」ではないか。

今まで行ってきた職場体験学習などのキャリア教育ではなく、

自らを知り、自らと向き合う一環としてドラマ教育を用いるべきであると主張を行い本論の結びとする。」Kさん

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

教育関係者からしたら当たり前のことが書かれているかもしれませんが
彼らの言葉の中から発見や驚きがキラキラしてみえて
私は読んでいて本当に楽しかったです!

 


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